1日8000歩 歩く目標が危うい

5月から1日8000歩歩くと決め実践中。

①長尾和宏さんの『歩き方で人生が変わる』や

②青柳幸利さんの
あらゆる病気を防ぐ 「一日8000歩・速歩き20分」健康法: 身体活動計が証明した新健康常識

③厚生省が推奨する女性は1日8000歩は歩きましょう。

など参考に取り組んで来た。

5月平均8003歩

6月平均8021歩

7月平均7/22現在6746歩達成危うい状況

あまりの暑さに外を歩くのが怖い。

ここに書くことで再度チャレンジしよう。

熱中症には気をつけて。

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大観展

国立京都近代美術館『横山大観展

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『夜桜』も、『紅葉』も、『無我』も展示が終わってた。

55歳の時の作品『生々流転』の最後の部分1/3の展示を見た。

これだけでこの展覧会に来た意味があったと思った。絹に墨、エアブラシは無かっただろう。

横山大観を、なんかわかったような気がした。

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紫陽花

もう盛りを過ぎた紫陽花。挿し木して来年に備える季節になったのか。

 

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昔は花びらに見えるがくの部分が4枚で縁起が悪いとか言われて、湿気と共にある木に日陰のイメージがあった紫陽花も、アナベル始め改良が重ねられ多様な紫陽花を見ることが出来るようになっている。四葉のクローバーなんて縁起がいいと言われているのに勝手なものだと思う。

今を盛りに美しくみせてくれた紫陽花もそろそろ終わりなのか?

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セーブル展

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東洋陶磁美術館でセーブル展鑑賞。

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ルイ16世とマリーアントワネット。

フランス革命🇫🇷に翻弄された生涯だった。

セーブル窯には当時のロマンを感じる。

『美しきことは善なりや。』

現在の緻密では無いデザインにはちょっとがっかりする。

 

 

小豆フェスタ 渉成園

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渉成園の桜。4月の始め親鸞様のこのみにあわせてフェスタ開催されていた。あずき研究家の掛飛まどかさんからぜんざいを頂いた。

今年も多くの桜を見ることが出来た。いつのまにか春、桜を見ることを楽しみにしている。

あずきフェスタで振る舞いぜんざいに一番に並んだ。自分の行動に驚いた。でも何故か満足している。

渉成園は入園時にパンフレットが貰える。本当に洒落たつくりの庭だ。京都駅から近くて、歴史を感じ、美を感じることの出来る場所です。

 

 

 

『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』

京都国立近代美術館で開催中のゴッホ展鑑賞

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鑑賞しているうちに先日観た映画『ゴッホ  最後の手紙』の映像が渦巻くような気分だった。

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日本の浮世絵に憧れ描いたゴッホ。その後の狂気が油絵の揺らぎとして伝わるけれど、その黄色は、絵の原点となってしまった。絵といえばゴッホそして黄色という脳の回路が出来てしまっていた。そのことに最近まで気がつかなかった。

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いつも狂気と隣合わせでしか独自の表現は出来ないのものなのか?

しかしこれだけ惹きつけられる魅力はその狂気にあることは間違い無いと思う。

 

 

 

 

 

 

西部邁著『保守の真髄 老酔狂で語る文明の紊乱』

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2018年1月21日自裁死ということで多摩川で亡くなった。自分のことは自分で片付けたい。

そしてこの本は遺書ということだ。

自分が生きていることで周りに貢献出来なければ生きている意味がないと言うことらしい。

情報革命の下では人間性は死んだということか。毎日耕してきた脳の畑の収穫物は、コンピュータのしもべとなった人々には相容れない。我らがもうすっかり浸かってしまっている情報社会で自らの発露は一体どこにあるのだろうか。

人としてなにがしかの影響を次世代に継承させられないとしたら、生きている事は何ほどの意味を持つというのか、ということなのだろう。

多くの著書に本気とは何かを教えられたここ何十年の日々に感謝したい。

ご冥福をお祈りします。